ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.33 現実と虚構の間をうろうろ、胡乱な映画特集
ここでは、単にそうしたスタイルをとりつつも、 映画としての問題提起を感じるような、そんな映画をとりあげてみたい。 ドキュメンタリーであれ、フィクションであれ、 真に面白い作品は、そうした見る側の意識を絶えず挑発してくる作品なのだ。
ここでは、単にそうしたスタイルをとりつつも、 映画としての問題提起を感じるような、そんな映画をとりあげてみたい。 ドキュメンタリーであれ、フィクションであれ、 真に面白い作品は、そうした見る側の意識を絶えず挑発してくる作品なのだ。
トリコロールとは、フランスの国旗の色で それぞれに、「自由(青)・平等(白)・博愛(赤)」を意味する、 ということは念頭に置いておく必要がある。 さて、その白が「平等」を意味するのはいいとして、 問題は、平等の意味をどう受け止めるか、である。 まずは、主人公の男と元妻の関係性。 つまりは、恋愛や結婚、愛に平等はあるのだろうか? ということであり 愛と言っても、祖国への愛もあれば そこには兄弟愛さえも含まれるのかもしれない。
大正ロマン三部作、最後を飾るこの『夢二』は 清順愛好家からも、全2作からすると、 少し物足りないという声も聞こえてくるが これはこれ、清順節は相変わらず色濃く反映されている。 その絢爛豪華な美術にはうっとりするばかりだ。 女性陣の着物姿はもとより、装飾へのこだわりは随所にみられる。 なかでも、柱から手を離すと夢二の絵が現れるモンタージュや 廃墟での傾きベットでのいびつな情事、 黄色いボートがいきなり立ったり、それこそ十八番の色とりどりの襖だったり、 夢二の分身に絵を描かせたりと、妖しさ満載のトリックは健在である。
ざっと話を33話分を一応言葉で追ったものの それで面白さが伝わるとは到底思えないところである。 さらに丁寧に情景を描写できなくもないが、 そこは映像を見てそれぞれが感じ取ればいい。 そこは主観が入るので簡易的に並べてみたにすぎない。 もっとも、映像でそれをみたとて退屈を感じる人もいるだろうし これがなに? 何が言いたいの? と思う見方もあるだろう。 ロイ・アンダーソンのスタイルは、 概ね「散歩する惑星」からほとんど何も変わってはいない。 映画としてはかなり特殊な形態であり、 斬新でありながらも、見る人を選ぶ映画でもあるんだと思う。
ロメール映画に出てくる男女関係は たいがいいつもどこかギクシャクしていて そのすれ違いの様を面白く映画にしてしまうのが骨子ではあるが、 この「飛行士の妻」においては、 本命男との不倫が暗礁に乗り上げ 不安定な気持ちを抱えた25歳のOLの 気ままぶりに翻弄される男の滑稽さの根本は つまり「考えすぎ」であり 「思い込み」が元で空回りする、 といった事情がみごとに描き出されている。
オフビートな調子で進むなか、 最後、SFチックな妙味が少し乗っかった哀愁のあるコメディ。 喜劇、とりわけ日本映画で、ちょうどいい具合の すんなり入り込めるコメディなんてのはなかなか出会えなかった。 阪本順治による完全オリジナル作品『団地』は キャスティングの妙も手伝って、 日本にもそういう系譜がちゃんと存在することが何より嬉しかった。 やはり、阪本順治はコメディには貴重な存在だ。
カルトと言っても、おどろおどろしかったり 際物的な表現で誇張されているわけではない。 それゆえに「不思議惑星キン・ザ・ザ」において 「クー」に代表される、実にとぼけていながらも、 不思議な魅力に満ちた雰囲気が 日本でもコアなファン層獲得の一翼を担ったことは想像に難くない。 何ともほっこりとした気分をどう言葉にすればいいかだが、 とりあえず、「クー」といってほほえむだけで その場は和み、気持ちが通じるのがこの映画の面白さだ。
内容からすれば、おしゃれなコメディータッチのロードムービー風 とでも言えるのかもしれないけどね。 やっぱし、これは日本的ではない なんてーのか、インテリジェンス、ウイット、ユーモア ジャンルの型にはめようとすると限界があるんだけど ぼくはそれを「ユロビートムービー」と名付けよう。 オフビートタッチのロードムービー、うん、ま、そんなところ。
フランス郊外の老朽団地(アパートメント)に住む住人たちの群像劇。 オムニバス形式ではなく、それぞれ独立した3つの話で構成されているが うまく時間軸が交差して、ひとつの作品として描かれるその空気感は ずばり、失われた人間たちのふれあいとその「温かみ」である。
少ないセリフ、感情を排した演技、そして絶妙な音楽センスの3点セット。 その中で主役を演じるのがカティ・オウティネンだ、 今日まで長年カウリスマキ組のミューズを張っている女優。 はっきり言って、美人でもなきゃ、愛嬌のかけらもない。 言うなれば薄幸の女そのものであり、 少女というには随分籐が立っている女(それでもまだ若い)だが カウリスマキ映画には以降欠かせない女優となる。