アート・デザイン・写真

《アルノルフィーニ夫妻(ファン・エイクにならって)》アート・デザイン・写真

フェルナンド・ボテロの絵画をめぐって

さて、そんなふくよかフェチに自信をもって紹介できる画家、 それがコロンビアの国民的画家フェルナンド・ボテロである。 本人の女性趣味までは知らないが、 名前からして、すでに十二分のふくよかさの気配が漂ってくる。 確かに、その極端にデフォルメされた画風に 好き嫌いは分かれるところであるが ボテロの絵を前にして、顔を背けるひとはそういないはずである。 丸い。大きい。そう、ふくよかなのだ。 ひと呼んでボテリズム。 その第一印象は、どこか無防備で、親しみやすく、可愛らしい。 だが、その愛嬌は知れば知るほどにそう長くは付き合えないかもしれない。

つぐ minä perhonen | 世田谷美術館アート・デザイン・写真

「つぐ minä perhonen」展を訪れて

そんな思いを抱えながら、冬枯れの硯公園を抜けた世田谷美術館で 創設30周年を記念しての開催中の「つぐ minä perhonen」展へと足を運んだ。 ミナペルホネンは、北欧、とりわけフィンランドの空気をまとい ミナとは「私」を、ペルホネンとは「蝶々」を意味する ファッション・テキスタイルブランドである。 ここ、日本を拠点に、ひとつの職人文化を継承する、 そんな生産チームを形成している。 実はこのことが、生み出された生産物共々、興味深く そのブランドの魅力にもなっているのだと思う。

『東京ゴッドファーザーズ』2003 今敏アート・デザイン・写真

今敏『東京ゴッドファーザーズ』をめぐって

今日はクリスマス。 ということで、クリスマスにちなんだ映画を取り上げようと思う。 クリスマスのちなんだストーリーは、古今東西、 バラエティに富んではいるのだが、 個人的な一押しでいえば、 少し前のビリー・ワイルダーによる名作コメディ、 ジャック・レモン主演の『アパートの鍵貸します』か ハーヴェイ・カイテル主演、ウェイン・ワンの『スモーク』あたりがズバリなのだが、 ちょっと渋いところで、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン主演の 『三人の名付け親』といきたいところだが、 今回取り上げるのはそのクリスマス西部劇から着想を得たという、 今敏による『東京ゴッドファーザーズ』というアニメだ。 この作品は映画という名のアニメであると同時に 単なるアニメ以上に見どころ満載の映画でもある。 実に興味深い現代的な視点がいくつも投与されているが、 シリアスすぎるでもなく、 かといって、コミカルなその場主義的な 単純な物語に収斂しない“心に残る”作品として、語りたい魅力がある。

Ernst Haas「La Suerte de Capa, Pamplona, Spain 1956」アート・デザイン・写真

エルンスト・ハースという写真家について

最近、自分が撮りだめたスナップ写真を整理して 一冊の本「On the road」としてまとめた。 あるとき、偶然別の写真家の作品にふれたとき その触感がなぜか驚くほど似ているかもしれない、と思えたのだ。 それがエルンスト・ハースとの出会いである。 ハースは写真家でありながらも、 その写真が美術の領域にまで通底していることもあり そのスタンスに重なる視点を見いだすには、さして時間はかからなかった。 実際、抽象画と呼んでも良いような写真がいくつもある。 日頃僕自身が取り組んでいる作品に類似するものも随分見られた。 ただ、それまで、ハースという名前ぐらいしか知らず 存在が長い間漏れており、 当然、意識することも、影響すらも受けずきたことが なんとも不思議な気がするくらい、じつに奇妙な親近感を覚えるのだ。

《室内──開いた扉、ストランゲーゼ30番地》ヴィルヘルム・ハマスホイアート・デザイン・写真

ヴィルヘルム・ハマスホイをめぐって

北欧のフェルメールなどと、なんとも安易な形容が付いてはいるが その絵を見つめていると、あながち、的外れでもないなと思えてくる。 デンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイの室内画に惹かれている。 その静謐さ、ミニマリズムはもちろん その内向性ゆえの思いを秘めた気配に、 なにか、そそられるものがあるからだろうか?

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 2018 ニルス・タヴェルニエアート・デザイン・写真

ニルス・タヴェルニエ『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』をめぐって

風の吹くフランス南東部、ドローム県オートリーヴ村に、 かつて、ひとりの郵便配達員が築いた奇跡がある。 その男とはフェルディナン・シュヴァルという、 十九世紀末、文字どおり“石を積む”ことで夢を現実に変えた男だ。 彼の建てた理想宮(Palais Idéal)が、建築である前に いまも一篇の詩としてそびえ立っていることに驚きを禁じ得ない。 それは、彼の人生そのものが凝縮されたひとつの祈りとして、 愛、誠実さ、そして永遠への憧憬の結晶を打ち立てた物語である。

ファンタスティック・プラネット 1973 ルネ・ラルーアート・デザイン・写真

ルネ・ラルー『ファンタスティック・プラネット』をめぐって

フランス人SF作家ステファン・ウルの原作『オム族がいっぱい』を元に、 ローラン・トポールのシュールレアリスティックな絵を ルネ・ラルーとともに映像化したカルトアニメーションである。 そして全編を覆うアラン・ゴラゲールのプログレ的電子サウンドによって、 なお一層カルト色を強めている。 我が国では宮崎駿などが多大な影響を受けており、 支配/被支配の構造、知識の取得・転用の描写、 他者性・異種存在から解放/共存といったテーマの流れは 『風の谷のナウシカ』にも顕著にとりこまれている。 元祖『進撃の巨人』などというキャッチが踊るが、 どちらかといえば、中世の異端画家ヒエロ二ムス・ボスが描いた 『快楽の園』の世界感にも比較され、そのほうが理解しやすいかもしれない。

今道子 繭少女 2017 ゼラチン・シルバー・プリントアート・デザイン・写真

今道子の写真をめぐって

食べ物を粗末にするな、とは 日本人なら、むかしからよくいわれてきたことである。 テレビ番組などで、食べ物を使ってふざけ合うコントのようなシーンを放映すると 必ずクレームが入ったとはよく聴く話。 そうしたモラルの是非はおいておくとして、 それが芸術なら許されるか? という点において、 今回、そこを問題提起したいわけでもなく、 ひたすら、その世界観に魅せられるという想いから、 純粋に写真家今道子による作品について、触れてみたい。

《Return to Reason/リターン・トゥ・リーズン》 film by MAY RAY Music by SQÜRLアート・デザイン・写真

マン・レイのサイレント映画をめぐって

かれこれ、一世紀も前の人だが、ぼくはマン・レイのもつ自由さ、 永遠のアマチュアリズム、実験精神と遊び心を併せもった姿勢に 時代を超えて、すごく親近感をもってきた。 そのあたりは、“生粋の駄々っ子”たるマン・レイと賞賛しつつ、 すでに「マン・レイという芸術家」でその想いを綴った。 ここでは、そのマン・レイが残したサイレント映画を取り上げてみることにする。 それらの短編を、あのジム・ジャームッシュが 『RETURN TO REASON/リターン・トゥ・リーズン』として ジャームッシュ作品のプロデューサーでもあるカーター・ローガンとの2人組 音楽ユニット、スクワール(SQÜRL)が音をつけたプロジェクト映画だ。