ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.47 新春シネマチャンプルーサイドB
昨年末、新春12日をもって ミニシアターの「シネマカリテ」が閉館とのニュースが飛び込んできて、 なんだか寂しい気持ちがしていたところである。 街の名画座がどんどん消えて、 ますます、自宅でストリーミング鑑賞が増えてしまうんだろうな。 それはそれでいいんだが、やはり、名画座が消滅するというニュースは 一映画ファンとして心穏やかではない。 もはや、だれも驚かないレベルで、寂しい気分であることはいっておく。
映画・俳優昨年末、新春12日をもって ミニシアターの「シネマカリテ」が閉館とのニュースが飛び込んできて、 なんだか寂しい気持ちがしていたところである。 街の名画座がどんどん消えて、 ますます、自宅でストリーミング鑑賞が増えてしまうんだろうな。 それはそれでいいんだが、やはり、名画座が消滅するというニュースは 一映画ファンとして心穏やかではない。 もはや、だれも驚かないレベルで、寂しい気分であることはいっておく。
映画・俳優だが、もしあなたが『国宝』でその血脈の物語に胸震わせた人なら、 どうか一歩だけ時代を遡ってほしいと思う。 1939年、まだ日本映画がモノクロの光と影の中を歩いていた時代。 溝口健二という巨匠が、同じ“芸の宿命”をテーマに、 しかしより剥き出しの形式で映画に封じ込めた作品がある。 それが『残菊物語』である。 これこそは、まさに国宝級の名作であるだけでなく、 今『国宝』を観たあなただからこそ響く、 芸と愛と犠牲の“原型”のような物語がここにあるのだと思う。
音楽一度、山羊座生まれのミュージシャンを特集して 「山羊座生まれの同志たちに捧ぐプレイリスト」なるものを作ったのだが、 今日は、その第二弾で、ちょっとこれまでの路線を外した幅広い層から 同じ、山羊座同士の絆をもとに、出世頭のボウイの曲にちなんで 「ALL THE CAPICORN MUSICIANS すべての山羊座野郎のためのプレイリスト」を作ってみよう。
音楽正月三が日にさっそく雪が降った。 で、ちょっとばかり積もった。 やっぱり、雪があるのとないのとでは冬の空気が全く違うんだよな。 なにしろ景観が変わる。 ぼくは冬生まれだから、雪の冷たさを皮膚感覚で感じるし これがけっこう好きな人間だ。 降り積もった雪の上を初めて踏み締めるときの、 あの感触や音がいまだに好きだ。
音楽今年の目標はなんですか? そう聞かれると、いつも、うまくいえなくて困るんだけど ないよりあったほうがいいのかな、やっぱり。 漠然と過ごしているだけじゃつまらないだろうし。 で、目標はなにかというと、夢を追うことなんじゃないかな? 歳を重ねれば、当然、先が見えてくるし、限界もわかっている。 いまさらやっても遅いって思うかもしれない、 でも、誰の夢かといえば、自分の夢であって、 だれからなにかを言われる筋合いはないわけで。。。
音楽年があけましたね。 2026年、丙午スタートです。 さて、どんな一年になるんでしょうか? ただ、一年って早い。あという間にすぎてゆく。 でもこうして無事新年を迎えられたことがなによりの喜び。 歳を重ねると、些細なことが幸せに思えてくるもんです。 こうして、好きなことをしながら、のんびりすごせるお正月。
文学・作家・本本作は澁澤集大成の幻想小説であり、 同時に仏教的寓話を含む、博物誌的異界譚である。 だが、それらはいずれも副次的な呼び名にすぎない。 この作品の核心にあるのは、作家が自らの生をどう終わらせるかを、 物語という仮面の下で思索しきった痕跡ではないか、 などと考えるのである。
アート・デザイン・写真さて、そんなふくよかフェチに自信をもって紹介できる画家、 それがコロンビアの国民的画家フェルナンド・ボテロである。 本人の女性趣味までは知らないが、 名前からして、すでに十二分のふくよかさの気配が漂ってくる。 確かに、その極端にデフォルメされた画風に 好き嫌いは分かれるところであるが ボテロの絵を前にして、顔を背けるひとはそういないはずである。 丸い。大きい。そう、ふくよかなのだ。 ひと呼んでボテリズム。 その第一印象は、どこか無防備で、親しみやすく、可愛らしい。 だが、その愛嬌は知れば知るほどにそう長くは付き合えないかもしれない。
映画・俳優あれはユホ・クオスマネン監督『コンパートメントNo.6』と同じく90年代だった。 まだ携帯もSNSもない、前時代的な香りをどこかで残していた時代だ。 それでもヨーロッパ映画ではしばし、コンパートメントそのものが ドラマ性が滲む空間として記憶している。 ヴェンダースの『アメリカの友人』での列車内の壮絶な殺人、 ロブ=グリエの『ヨーロッパ横断特急』やブニュエルの『欲望の曖昧な対象』では 語り部の空間そのものとして使用されていたし、 あれはコンパートメントではないにせよ、 リンクレーターの『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』では ふたりの恋のきっかけがこの列車によって始まっていたのを思い出す。 そんなストーリーテラーには欠かせない空間においての ボーイミーツガール映画の顛末、はたして結末はいかに?
アート・デザイン・写真そんな思いを抱えながら、冬枯れの硯公園を抜けた世田谷美術館で 創設30周年を記念しての開催中の「つぐ minä perhonen」展へと足を運んだ。 ミナペルホネンは、北欧、とりわけフィンランドの空気をまとい ミナとは「私」を、ペルホネンとは「蝶々」を意味する ファッション・テキスタイルブランドである。 ここ、日本を拠点に、ひとつの職人文化を継承する、 そんな生産チームを形成している。 実はこのことが、生み出された生産物共々、興味深く そのブランドの魅力にもなっているのだと思う。