冬とともに、ミュージック実行委員会 番外編山羊座生まれの同志たちに捧ぐプレイリストPart2
一度、山羊座生まれのミュージシャンを特集して 「山羊座生まれの同志たちに捧ぐプレイリスト」なるものを作ったのだが、 今日は、その第二弾で、ちょっとこれまでの路線を外した幅広い層から 同じ、山羊座同士の絆をもとに、出世頭のボウイの曲にちなんで 「ALL THE CAPICORN MUSICIANS すべての山羊座野郎のためのプレイリスト」を作ってみよう。
音楽一度、山羊座生まれのミュージシャンを特集して 「山羊座生まれの同志たちに捧ぐプレイリスト」なるものを作ったのだが、 今日は、その第二弾で、ちょっとこれまでの路線を外した幅広い層から 同じ、山羊座同士の絆をもとに、出世頭のボウイの曲にちなんで 「ALL THE CAPICORN MUSICIANS すべての山羊座野郎のためのプレイリスト」を作ってみよう。
音楽正月三が日にさっそく雪が降った。 で、ちょっとばかり積もった。 やっぱり、雪があるのとないのとでは冬の空気が全く違うんだよな。 なにしろ景観が変わる。 ぼくは冬生まれだから、雪の冷たさを皮膚感覚で感じるし これがけっこう好きな人間だ。 降り積もった雪の上を初めて踏み締めるときの、 あの感触や音がいまだに好きだ。
音楽今年の目標はなんですか? そう聞かれると、いつも、うまくいえなくて困るんだけど ないよりあったほうがいいのかな、やっぱり。 漠然と過ごしているだけじゃつまらないだろうし。 で、目標はなにかというと、夢を追うことなんじゃないかな? 歳を重ねれば、当然、先が見えてくるし、限界もわかっている。 いまさらやっても遅いって思うかもしれない、 でも、誰の夢かといえば、自分の夢であって、 だれからなにかを言われる筋合いはないわけで。。。
音楽年があけましたね。 2026年、丙午スタートです。 さて、どんな一年になるんでしょうか? ただ、一年って早い。あという間にすぎてゆく。 でもこうして無事新年を迎えられたことがなによりの喜び。 歳を重ねると、些細なことが幸せに思えてくるもんです。 こうして、好きなことをしながら、のんびりすごせるお正月。
文学・作家・本本作は澁澤集大成の幻想小説であり、 同時に仏教的寓話を含む、博物誌的異界譚である。 だが、それらはいずれも副次的な呼び名にすぎない。 この作品の核心にあるのは、作家が自らの生をどう終わらせるかを、 物語という仮面の下で思索しきった痕跡ではないか、 などと考えるのである。
アート・デザイン・写真さて、そんなふくよかフェチに自信をもって紹介できる画家、 それがコロンビアの国民的画家フェルナンド・ボテロである。 本人の女性趣味までは知らないが、 名前からして、すでに十二分のふくよかさの気配が漂ってくる。 確かに、その極端にデフォルメされた画風に 好き嫌いは分かれるところであるが ボテロの絵を前にして、顔を背けるひとはそういないはずである。 丸い。大きい。そう、ふくよかなのだ。 ひと呼んでボテリズム。 その第一印象は、どこか無防備で、親しみやすく、可愛らしい。 だが、その愛嬌は知れば知るほどにそう長くは付き合えないかもしれない。
映画・俳優あれはユホ・クオスマネン監督『コンパートメントNo.6』と同じく90年代だった。 まだ携帯もSNSもない、前時代的な香りをどこかで残していた時代だ。 それでもヨーロッパ映画ではしばし、コンパートメントそのものが ドラマ性が滲む空間として記憶している。 ヴェンダースの『アメリカの友人』での列車内の壮絶な殺人、 ロブ=グリエの『ヨーロッパ横断特急』やブニュエルの『欲望の曖昧な対象』では 語り部の空間そのものとして使用されていたし、 あれはコンパートメントではないにせよ、 リンクレーターの『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』では ふたりの恋のきっかけがこの列車によって始まっていたのを思い出す。 そんなストーリーテラーには欠かせない空間においての ボーイミーツガール映画の顛末、はたして結末はいかに?
アート・デザイン・写真そんな思いを抱えながら、冬枯れの硯公園を抜けた世田谷美術館で 創設30周年を記念しての開催中の「つぐ minä perhonen」展へと足を運んだ。 ミナペルホネンは、北欧、とりわけフィンランドの空気をまとい ミナとは「私」を、ペルホネンとは「蝶々」を意味する ファッション・テキスタイルブランドである。 ここ、日本を拠点に、ひとつの職人文化を継承する、 そんな生産チームを形成している。 実はこのことが、生み出された生産物共々、興味深く そのブランドの魅力にもなっているのだと思う。
アート・デザイン・写真今日はクリスマス。 ということで、クリスマスにちなんだ映画を取り上げようと思う。 クリスマスのちなんだストーリーは、古今東西、 バラエティに富んではいるのだが、 個人的な一押しでいえば、 少し前のビリー・ワイルダーによる名作コメディ、 ジャック・レモン主演の『アパートの鍵貸します』か ハーヴェイ・カイテル主演、ウェイン・ワンの『スモーク』あたりがズバリなのだが、 ちょっと渋いところで、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン主演の 『三人の名付け親』といきたいところだが、 今回取り上げるのはそのクリスマス西部劇から着想を得たという、 今敏による『東京ゴッドファーザーズ』というアニメだ。 この作品は映画という名のアニメであると同時に 単なるアニメ以上に見どころ満載の映画でもある。 実に興味深い現代的な視点がいくつも投与されているが、 シリアスすぎるでもなく、 かといって、コミカルなその場主義的な 単純な物語に収斂しない“心に残る”作品として、語りたい魅力がある。
映画・俳優両親共々、富山県人で、 僕自身、小さい頃から北陸には何かと縁があり 新幹線よりもなにより“雷鳥(現サンダーバード)”によく乗った記憶が先立ち、 あの北陸なまり、独特の富山弁にも随分愛着があって それらの印象が今なお皮膚感覚でしみこんでいる。 いうなれば、ルーツともいえる地、それが北陸だ。 だが、越中強盗、加賀乞食、越前詐欺師。 これが俗に言う北陸人の気質らしい。 そんな物騒なことは、これまで微塵も感じたことはなかったが、 深作欣二の『北陸代理戦争』での幕切れとともに流れる 「共通しているのは生きるためにはなりふり構わず、手段を選ばぬ特有のしぶとさである」というナレーションに聞こえてくるように、 そういうところがあるのかもしれない。 そのあたりの考察をふまえて、映画を語ってみよう。