終わり行く季節とこれから始まる新たなる思いの狭間に
まだ、暑さが周りに居座っているうちに、この企画を立ち上げておこうと思う。
コラムは、別段、夏という季節に固執するわけでもないが、
音楽は一年中、あるものでありながらも
季節の移ろいにも敏感であり、その影響を受けないではいられない。
夏真っ盛りよりも、すこし陰を帯びた、
失いゆく夏の終わりの時間の方にそそれらる身としては、
そんな思いに乗じて、音楽について、いつものように、ダラダラと
今のぼくのアンテナ、好みに従って刻印しておこうと思う。
正直なところ、音楽に言葉などいらないと思う。
どんな美辞麗句も、聡明な分析も、音楽の前には無防備すぎる。
ようは、耳を傾けさえすれば事足りるのだ。
映画や文学とて、同じこと。
われわれがああだこうだとその作品について語りたくなるのも、
どうやら人間固有の習性というか、知の誘惑というか、
クリエーターならずとも、作品による魅力にひっぱられるのもあるが、
書きたいという欲望に逆らえないという、困った衝動に身を任すのも悪くはない。
そこで、音楽ということに立ち返るのだが、
僕自身は音楽批評というものをあまり信用していないし、
そこに自分が安穏するホームはないのではあるが、
それでも、やはり、言葉を使って、
その魅力的な音楽に触れていたい気持ちはなくならない。
幸い、今は音楽というものが身近で
だれもが簡単に耳にできるものとしてあるから、
そこは素直に、その快楽に身を投げたとてバチなどあたるまい。
とはいえ、自分は、できるかぎり、音楽の周辺にあるものを
できるだけそっと拾い上げて、そこに、言葉という情感を付与させて
なにかしらの共鳴、共感を呼び込んでみたい、
そのような気持ちをもっている。
音楽を味わうとは、浜辺に打ち上がった貝殻を拾いあげる行為に似ている。
ぼくは、そう思うのだ。
ある日、海岸に出たとき、ふと貝殻を拾い、
その機能やフォルムの美しさに感動を覚えた詩人ヴァレリーのように、
それを耳に当て、海の響きを確認するがごとく音楽を愛しむとしよう。
だから、ただシンプルに、こういう素敵な音楽があるよ、
というだけではなく、その音楽を、また別の視点
あるいは、別のものと結びつけて、
さらに、その魅力の袖を広げてみたいと思うのだ。
かつて、レコードやCDの解説に心踊らせながら、
その音楽の周辺に想いを馳せ、より深く楽しんでいたことを思い返そう。
音楽、それこそ、音を楽しむものであるのは間違いないが
楽しみの周りにあるなにか、
ここで、あえて詩情にかまけて無理くりにもってこなくてもいいのだが、
その音楽あっての場、空気、それらをひっくるめて、
言葉の魔法で、なんとか、より魅力的な世界観を押し広げてみたいなどと
ちょっとした下心が芽生えてしまっただけなのだ。
Bill Evans :Peace Piece
そこで、一番難しい問題、やっかいな問いがあるとすれば
いま、あなたはどんな音楽が好きで、どんな音楽にハマっていますか?
という問いではないかと思う。
DJなら、そこから音を紡いでいけばいいが、
今宵のお供に一曲を、などとさりげなく粋人ぶるのも
これはこれでなかなか感性が求められることだ。
音楽好きなら、ひとつの音楽、場に、ずっと留まっているわけもなく
いろんな音楽から、音楽への小旅行を、
常日頃から足繁く渡り歩いているはずである。
よって、ここに、一曲なんでもといいからといわれても、
それこそ、太平洋の真ん中で、固有の魚を狙って釣り上げるようなものだと思う。
ならば、なにかテーマをきめて臨むべし。
いま、この夏の終わりというタイミングで、
まずは、この一曲で今の自分の心境を代弁してくれるものを選んでみよう。
それがビル・エヴァンスによるピアノだけの「Peace Piece」だ。
Cmaj7とG9sus4の交錯が核という
二音のシンプルなモード的ペダルを静かに繰り返し
まるで呼吸のように世界を支えている曲。
ジャズ固有の激しさ、難解さはなく
クラシックの荘厳さもない。
右手の旋律は、そこに浮かぶさざ波のように揺れ、迷い、
そして瞑想へといざなう。
時に立ち止まり、やがてまた流れ出す。
そこに立ち現れる人生の定点と変奏。
変わらないものと変わりゆくものが、互いに寄り添う感じがする。
この曲には劇的な展開も派手な技巧もなく、ただ静謐が延々と続くだけだ。
しかし、その沈黙のなかには、深い内省と希望の種子が埋め込まれている。
ぼくはその響きに身を委ねることで、焦燥や不安が
ゆるやかに解かれていくのを肌で感じる。
けして慰めの音楽ではなく、ひとつの“在り方”として立ち上がってくるのだ。
いまという時間をどう受け止め、どう歩んでいくか?
凡人には、答えなど見つからなくてもよいのだ。
そう、言葉などいらない。
ただ二音の上に旋律を紡ぐように、一日一日を丁寧に過ごしていけばいい。
ここに、そう教えられるようである。
エヴァンスが偶然の即興から生み出した「Peace Piece」の残響が、
ぼくにとっても偶然ではなく、必然のように心に寄り添ってくるものであり、
まるで優しい子守歌のように響いてくる一曲だ。
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