『デヴィッド・リンチ:アートライフ』をめぐって
カルトの帝王こと、デヴィッド・リンチが亡くなって、 日に日にその喪失感を募らせている。 その作品を通して、いろいろリンチに思いをはせてはいるのだが、 あらためて、その作品の持つ奥行きの沼にはまってしまった人間なら だれもがその頭の中の一度は覗いてみたくなる、 そんな魅力的なアーティストの死に、 この一つの時代の終わりを、ここに、静かにみつめてみようと思う。
カルトの帝王こと、デヴィッド・リンチが亡くなって、 日に日にその喪失感を募らせている。 その作品を通して、いろいろリンチに思いをはせてはいるのだが、 あらためて、その作品の持つ奥行きの沼にはまってしまった人間なら だれもがその頭の中の一度は覗いてみたくなる、 そんな魅力的なアーティストの死に、 この一つの時代の終わりを、ここに、静かにみつめてみようと思う。
絵を眺めるように、映画を読む。 挟まれる原爆の写真、精子のような動きの物体。 穴の開いたベッド、そして何よりも気味悪がられた魚のような赤ちゃん。 そしてぶつぶつおたふくのラジエーター女子。 で、なんといってもイレーザーヘッドの主人公ヘンリー。 どれもが異様な雰囲気を醸して見るものに不安を掻き立ててくる。 映画としての感性よりも、リンチの想像力への衝動の大きさが 映画をある種の方向性を導く強力なベクトルになっているがわかる。 絶えず響いてくるインダストリアルなノイズの効果もある。 あまりにも実験的だ。