落穂拾い

Varda par Agnès 2019 アニエス・ヴァルダ映画・俳優

サロン D’ アニエス・ヴァルダ

アニエス・ヴァルダの眼差しが好きだ。 彼女の語りが大好きなのである。 時に祖母のようでもあり、また、歳の離れた友達のようであり、 また、この世のあらゆる境界線上に生きる創造物のようであるアニエス。 そんな彼女が映画で使用する文法の自由さに驚き いつのまにか、その世界に引き込まれてきた。 そんなぼくが敬愛してやまないこのシネアストについてのサロンを ここに言葉で開いてみたい。 ただし、ここでは彼女の仕事を言葉でうまく語るよりも 同時に彼女が知らない人にも向けて、 そのアウトラインが親しみを共感できるガイドになればいいと思う。 極めて低い敷居になることを願う。

「落穂拾い」2000 アニエス・ヴァルダ映画・俳優

アニエス・ヴァルダ『落穂拾い』をめぐって

ヴァルダの『落穂拾い』は、19世紀の絵画の静けさを、 21世紀のドキュメンタリーという運動に置き換えた作品である。 彼女はデジタルカメラを手に、農村から都市へ 軽さを纏ってフランス各地を旅することになる。 畑で拾われぬまま腐っていく山積みのジャガイモ、 あるいは、市場に捨てられた野菜や果物、 都市の廃棄物の山を掘り返す人々に、カメラは寄り添う事になる。 ヴァルダはその現実を、糾弾ではなく、淡々と、しかし深く見つめる。 それは捨てられたものを通し、真理を探すことなのだ。

ろぐでなし VOL.44特集

ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.44 秋を嗅ぐ

やはり、秋はいい。いいのだ、秋。 そんなことを静かに噛み締めながらも、 やはり、モノには道理、そして移ろいがあり、 それを感じることは幸せなことであり、 それを感じ取れる日本という国が年々愛おしくなっている。 幸い、ようやく、不穏な空気、気配が開けそうな世の夜明けを横目に 希望のわく、そんな思いと、少し憂いを滲ませるという相反する 複雑な思いもかくさずに、サウダージな詩的なひとときを 言葉に託したいと思う。