清作の妻

若尾文子 1933-映画・俳優

若尾文子小論法

ここまで、勝手にわが偏愛女優小論を重ねてきたが トリを飾るのはこの人しかいない。 若尾文子については、ここでは彼女の主演作品のなかで、 何度も言及し、ひたすらその思いを綴ってきた。 とりわけ、増村保造という映画作家の元で放った 強烈な印象を中心に、思いを傾けてはきたが、 本来、彼女は、一つのジャンル、傾向に収まりきるような女優ではない。 それこそ、舞台から、テレビドラマ、CMなどをこなす、八面六臂の活躍は 昭和の乗りをこえて御年90の大台にも突入している。 溝口健二作品では、女優道を仕込まれ、 小津や川島雄三といった名匠のもとでキャリアを重ねながら 本領たる増村作品にで合う。 『青空娘』にはじまり『最高殊勲夫人』『卍』といったものから、 以後中心にかたる日本女性にはない、強さをもった役で 印象を決定づける作品はもとより、 さらには吉村公三郎や市川崑といった監督の元では 洒脱なコメディエンヌとしての才も十二分に発揮してきた、 文字通り日本映画の隆盛期を支えてきた大女優である。

清作の妻 1961 増村保造映画・俳優

増村保造『清作の妻』をめぐって

なんども観ても、この作品は素晴らしく、そして凄い。 戦争の茶番劇、メロドラマだとして甘くみるならば たちまち大火傷してしまうことになるであろう、 まさに愛をめぐる映画として胸打つ傑作である。 愛の純粋性が、狂気と表裏一体であることが核として描かれており それは表層の戦争批評への眼差しにもかぶってみえる。 が、テーマはそこにはない。 圧倒的なまでに、女の意志がみなぎっているヒロインで、 そこが彼女の本質ではないかと直感するがゆえに より、感動的なまでに感銘を受けてしまうのだ。 そんな『清作の妻』について書いてみたい。

ろぐでなし VOL.44特集

ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.44 秋を嗅ぐ

やはり、秋はいい。いいのだ、秋。 そんなことを静かに噛み締めながらも、 やはり、モノには道理、そして移ろいがあり、 それを感じることは幸せなことであり、 それを感じ取れる日本という国が年々愛おしくなっている。 幸い、ようやく、不穏な空気、気配が開けそうな世の夜明けを横目に 希望のわく、そんな思いと、少し憂いを滲ませるという相反する 複雑な思いもかくさずに、サウダージな詩的なひとときを 言葉に託したいと思う。