梶芽衣子小論法
最近、ストリーミングで梶芽衣子60周年コンサート『セッテ ロッソ』を観た。 彼女の映画を通じて、その数々の歌に親しみはしてきたが、 ここに立つ彼女は78歳。 そこには芸歴60周年のずしりとした重みもあり、 老いてなお、凛とした佇まいでステージに立つ彼女に 驚かされ、そしてしびれるのだ。 時に、姉のように、そして母のような面影を宿す彼女は、 やっぱり、唯一無二な存在だなと、つくづく思った。
映画・俳優最近、ストリーミングで梶芽衣子60周年コンサート『セッテ ロッソ』を観た。 彼女の映画を通じて、その数々の歌に親しみはしてきたが、 ここに立つ彼女は78歳。 そこには芸歴60周年のずしりとした重みもあり、 老いてなお、凛とした佇まいでステージに立つ彼女に 驚かされ、そしてしびれるのだ。 時に、姉のように、そして母のような面影を宿す彼女は、 やっぱり、唯一無二な存在だなと、つくづく思った。
特集新しい時代の幕開けを告げるかのように 開催された万博のことが、なんとなくうろ覚えだけど、 記憶の片隅に、あるにはある。 世の中のことなんて、何にもわからなかった。 それでも、ぼくはリアル七十年代を生きた。
映画・俳優さて、これは実に壮絶な女の世界である。 しかも女囚とくる。 設定が多少前時代的なのはご愛嬌。 実に血なまぐさい女臭が半端なく漂うが、 可憐だの可愛いだのそんな甘っちょろい少女趣味は微塵もない。 あくまでも男顔負けのどす黒い情念と権力志向で爛々としている。 それにしても、まるで漫画のような世界である。 ありえないような世界の連続である。 B級にもほどがある。 だが、これが映画なのだ。