ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.49 偏愛的シネアストサロン
ここで取り上げる映画作家たちは、 これまでの路線を大いに逸脱する名前などでてはこない。 繰り返し繰り返し言及してきた作家たちを ときに、重複する言葉や言い換えによって ああでもない、こうでもないと上書きするだけのことだ。 相変わらず、しまりのない、だらだらとした独り言が続く。 すべての作品を見て、細部にまでこだわり シネフィルの真似事をしたいわけでもない。 そこには自分としてのフィルターがある。 はじめに「好き」ありき。
映画・俳優ここで取り上げる映画作家たちは、 これまでの路線を大いに逸脱する名前などでてはこない。 繰り返し繰り返し言及してきた作家たちを ときに、重複する言葉や言い換えによって ああでもない、こうでもないと上書きするだけのことだ。 相変わらず、しまりのない、だらだらとした独り言が続く。 すべての作品を見て、細部にまでこだわり シネフィルの真似事をしたいわけでもない。 そこには自分としてのフィルターがある。 はじめに「好き」ありき。
文学・作家・本『昼顔』では、まさにそんなドヌーブの艶を 単なるエロティシズム以上のものとして漂わせている。 美しい肉体と品のある眼差し、そしてモード。 この時ドヌーブ24歳。 すでにロジェ・ヴァディムとの恋、そして出産、 そして姉フランソワーズの死を実生活で受け止めながら、 まさに女としての艶が開花してゆくドヌーブは すでにこの映画的な官能のムードを ナチュラルに作り上げているのは素晴らしい。
アート・デザイン・写真「前衛(アヴァンギャルド)」というキーワードから 満を持して引っ張り出してきた『アンダルシアの犬』について、 今から約1世紀近くも前のこのあられもない映画を見たあなたは、 居ても立っても居られず、その感想をグダグダの解説でもって おっ始めようというところじゃないだろうか? しかし、そんな事をしたところで、 おそらく何にも伝わりはしませんよ。 むしろ、誤解を招くだけですから、悪いことは言いません、 そこは素直に、悪夢を見た、とでも言って流しておきなさい。 言ってみれば、結論はそういうことでしかないのである。