フランソワーズ・ドルレアック小論法
伝説と呼ばれしものは、永遠に燃え上がるために、この世を早く去る。 そんな格言めいたことばを、ふと呟きたくなるひとりの女優がいる。 彼女の名前はフランソワーズ・ドルレアック。 いうまでもなく、妹は歳は一つ違い、 フランス映画界の大女優カトリーヌ・ドヌーブ、その姉として名が刻まれている。 世間広しといえ、ぼくにとって、美しい姉妹といえば 映画史のなかで、この二人以上に比較しうる存在がいない。 さらにいえば、ぼくは圧倒的なまでに姉ドルレアック派なのである。
映画・俳優伝説と呼ばれしものは、永遠に燃え上がるために、この世を早く去る。 そんな格言めいたことばを、ふと呟きたくなるひとりの女優がいる。 彼女の名前はフランソワーズ・ドルレアック。 いうまでもなく、妹は歳は一つ違い、 フランス映画界の大女優カトリーヌ・ドヌーブ、その姉として名が刻まれている。 世間広しといえ、ぼくにとって、美しい姉妹といえば 映画史のなかで、この二人以上に比較しうる存在がいない。 さらにいえば、ぼくは圧倒的なまでに姉ドルレアック派なのである。
映画・俳優ぼくと、ここで取り上げる女優たちとの間には そんな酷薄的な距離がある。 高嶺の花として、それは手は届かぬが、いつも心内にあり、 スクリーンを通してのみ、存在するロマンティックな思いである。 妄想であり、盲信かもしれないし、単なる美化なのかもしれない。 でも、それでいいのだ。 それがいいのだ。 現実には夢はない。 それこそがスクリーンならではの夢であり、 ぼくが描く酷薄的女優論そのものなのである。