ジュリエッタ・マシーナ

ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.48 酷薄的女優論映画・俳優

ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.48 酷薄的女優論

ぼくと、ここで取り上げる女優たちとの間には そんな酷薄的な距離がある。 高嶺の花として、それは手は届かぬが、いつも心内にあり、 スクリーンを通してのみ、存在するロマンティックな思いである。 妄想であり、盲信かもしれないし、単なる美化なのかもしれない。 でも、それでいいのだ。 それがいいのだ。 現実には夢はない。 それこそがスクリーンならではの夢であり、 ぼくが描く酷薄的女優論そのものなのである。

映画・俳優

ジュリエッタ・マシーナスタイル『カビリアの夜』の場合

バカな子ほど可愛いと言うが、 それは女にも当てはまる。そんな話をしよう。 所持金欲しさに、のっけから恋人だと思い込んでいた男に裏切られ、 いきなり川に突き落とされる散々なカビリアが 子供達に助けてもらった恩すらも返さず、 とにかくどうして自分はこんなに不幸なのかとプンスカプン。 その人生を目一杯呪いながら、 親友や神や聖母にまで悪態をつく始末。 言うなれば哀れな女であり、 このイタイ女の物語がこのフェリーニの『カビリアの夜』の骨子である。