アラン・ドロン

モニカ・ヴィッティ 1931-2022映画・俳優

モニカ・ヴィッティ小論法

一時期“ツンデレ”という言葉がもてはやされたが、 ぼくにとっての元祖ツンデレ女優はモニカ・ヴィッティ、その人である。 彼女を思い浮かべるとき、多くの観客はまず、 沈黙の中に立ち尽くす姿を想起するだろうか? 無機質な建築、荒涼とした風景、途切れがちな会話。 その中心で、彼女は何かを語ることも、激しく感情を噴出させることもなく、 ただ世界と噛み合わない感受性として佇んでいる。 それは、ミケランジェロ・アントニオーニ映画におけるヴィッティであり ふたりの巡り合いが生んだ、 20世紀後半の映画史に燦然と刻まれし、最も象徴的な「虚無の女性像」である。

LE SAMURAI 1967 Jean-Pierre Melville映画・俳優

ジャン=ピエール・メルヴィル『サムライ』をめぐって 

まあ、そのあたり個人差があるだろうが 当時なら、十中八九、ドロンはまずその代名詞だった。 そんなイケメン俳優アラン・ドロンのことを思ってみる。 ふとメルヴィルの『サムライ』をみて ドロンという俳優が単に美貌だけで 世の羨望の眼差しを受けていたわけではないことを改めて理解した。 やはり、ちょっとオーラが違うのだ。

Le Circle Rouge 1970 ジャン=ピエール・メルヴィル映画・俳優

ジャン=ピエール・メルヴィル『仁義』をめぐって

メルヴィルの『仁義』が、どうして赤いシリーズなのか? それは原題が『Le Circle Rouge』、直訳すれば「赤い輪」だからである。 単にそれだけのことだが、肝心のその赤い輪とはなんぞや、というと 映画の冒頭のクレジットで、メルヴィルはこう引用する。 「人はそれと知らず再会するとき、各々に何が起ころうが、異なる道を進もうが、赤い輪の中で出会うことが必然である」 これはラーマクリシュナが聞いたブッダの言葉とされている。 ようするに、人は知らず知らずに出会ったとしても 一度運命の輪のなかに入ってしまえば、 その繋がり(縁)からはけして逃れられないのだと。