飲食関連グッズ その2

たばこ周りコレクション

一昔前の社会的光景、たとえばテレビを中心としたドラマにしろ、街中にしろ、圧倒的な変貌を遂げたものの一番手というと、まずは携帯電話の普及である。今やスマホなしには生きられぬ。悲しいかな、自分を含め、そんな身になってしまっている人しか見かけなくなってしまった。やれやれ。まあ、それ自体は文明の流れといってしまえばそれまでだが、もうひとつ、忘れてはいけないのが「たばこ」の存在である。かつては男の身嗜み、というのか、必需品であったことは間違いなかろう。今でこそ、煙そのものは目の敵にされてしまって、愛煙家たちは、さぞや肩身の狭い思いで、ひとときの息抜きを、与えられた場所でのみ、かろうじてくゆらせていることだろう。それには味気ないものだと多分に同情する。

タダでさえ高騰する価格に目をつぶって小箱をポケットに忍ばせ、道を歩いていて、気楽にふと歩きたばこをすれば、やれ罰金だなんだかんだと、それこそアンチモラルとして、思わず石のつぶてでも投げつけられそうな勢いの視線を浴びる。さらに室内なら、その空間に二度と足を踏み入れることなかれ、などと烙印をおされて場から閉め出されるにちがいない。そこでやむを得なしに、電子たばこなどという逃げ道を模索するわけだが、それとて、なにやら物足りないはずだ。かつてのような、吸い放題、咥え放題、吐き放題の時代は遠い日の花火、夢のまた夢としてはかなく消える。まさに世の煙たい悪役を一身に演じさせられているのが世のスモーカーたちの実情だ。よって、それが喩え作り物のドラマの日常であっても、なぜだかなじめない原因、とまではいかなくとも、物足りない寂しさを助長してくる。そんな嘆きを、単にノスタルジック症候群と呼んでしまうのは悲しいと思う。

せめて、ひとりの空間、自分だけの空間を確保して、思う存分、濛々たる煙のなかで、ひとときの安楽をむさぼるために、そこには、それらを歓迎するアシストが必要だ。まずは、火を着けるライター、もっと情緒を味わうならマッチ。そして、それを受け止めるべく灰皿。それだけはなにがなんでもお気に入りを確保し、友として常備しなければならない。愛煙家たちよ、負けるな。

ここまできて、少々気が重いが、わたしは世の喫煙族ではない。かつては、そういうときもあったが、いまでは外から煙を眺める側である。少なくとも、愛煙家を忌み嫌うものではないということをここに示さねばならぬ。そこで、デザインがある。これらを手にとっていただけるような、少々シャレのわかる粋人なれば、ますますその思いは募るばかりである。

マッチ

ライター

灰皿