最初から題名を考えておかないとダメだ。それが物語の組み立てを方向づけるコツなんだ。ジャン・グリュオー
ロピュの文体練習
完全なオリジナルだと胸を張ってみるが、そもそも完璧なオリジナルなどどこにもあるまい。人間をつくりだしたオンリーワンの神でさえ、自称神様はその辺に無数にいることだろう。具体的な影響を受けているいないはべつだ。誰もが誰かに憧憬を抱き、その誰かの影響を受けて、それなりに近づこうと、あるいは凌駕しようと必死に真似をして、自分の個性へと還元し、己のオリジナリティを磨いてきたのだから。個性とはそういうものだ。とはいうものの、やはり、オリジナリティ、この強固なる個性というものは存在するはずだ。してしかるべき、それこそが個性だ。そうだ、ここでレーモン・クノーの「文体練習」にならいて、いろいろな文体を練って練って丸めてこねて、最後はサッカーボールのごとくけっ飛ばしちまおう、すなわち練蹴してみよう、ってわけなのさ。オリジナルも亜流も関係ない。自分の言葉で世の絶対を蹴散らそうではないか。うまくいったいかぬは時の運、さあ、これであんさんも文豪だべさと胸をハローワーク。
ぼっちゃん/夏目漱石
おぼっちゃま
考えなしってやつですよ、もっとも、そういう家系みたいなのね。小学生のこと、ちょっとした、無謀な思い出、同級生にばかにされたくなかった一心で、トライ。なあに、二階から飛び降りてみるだけのこと、とはいえ一週間は腰抜けましたけどね、ははは。窓から外をのぞくと、君は二階から飛び降りれるかい? まさか飛び降りれないなんてことはないよね、クラスメイトにそういわれて、軽い軽い、なんていってしまったわけ。でも、結果があれですからね。おまけにウチのメイドさんにおんぶされたりなんかして、父には、ぎょろり、おまえってヤツは・・・といわれたんで、いや、まあ、次がんばりまあす、ってな具合で涼しい顔ですよ。
坊主
無鉄砲、といっても親ゆずり、ちぇっ、損な性分。小学生のときエピソード、それは二階から飛び降り、腰をぬかすほど。理由は、同級生からの、文字通りの腰抜け呼ばわりに対する見栄。結果、お手伝いにおぶってもらっての帰宅、ため息。父には大目玉、次回雪辱を誓う、メラッ。
人間失格/大宰治
ぼかあダメ人間っす
これまで、ホント恥ずかしいことばっかりですう、話しきれやしないわ。みんなどうやって生きてるのかなあ、なあんて、ときどきわかんなくなるのよねえ。だってさ、生まれた場所なんて吉郁三の歌のまんまだしぃ、なあんいもない、絵に書いたような東北の田舎でしょお~。汽車だってしらなかったんだもん。駅にしたって、あれ、なんだかわかんないけど、楽しそう、そうね、なんだか遊園地みたいなものかしら、なんて思ってたほどよ、だって、あんなの初めてみたんですもの、でね、鉄道のヒトって、随分面白いこと考えるわね、なんて感心したりなかんかして。ばっかみたい。なあんだ、ただそういうものらしいっていうじゃない、駅ってのが。いやんなっちゃうわ、ふぅ~。
変身/カフカ
変っとるやん!
朝方、グレゴール・ザムザいうやつが、なんやけったいな夢みとった思たら、えらいこっちゃで、目あいたらふとんのなかでごっつい虫の親分みたいなんになってるんやって。こいついうたら、鎧のってんか思う背中下にして、天井みとったんやわ。頭、ひょういとあげたら、うわあ、太鼓橋みたいな、ポコンとでたアメ色の腹みえるやおまへんか。腹には筋いっとるし、くぼんどんねん、わしゃ虫かい、いうてね。腹でふとんずりおちそうなったあるしやね、ようさん足、なんやたよりなーにごそごそ動いとるしやね、ほいで、えらい細おまんねん、腹みとったら、これがわいの足か思うぐらい、蚊とんぼやんってな具合で。
ヘンシーン
グレゴール・ザムザ。夢のゆりかごからコトリ、落ちたのが運のつき。目をさますと布団もびっくり、のけてみておやまあびっくり、一匹の毒虫にヘンシーン。わらいごっちゃおまへんでえ!! 聞くもなみだ、鎧かと見まごう背が下、天井みてポカン、放心。頭もちあげたなら、腹がみえ、これまたエライポンポコリンの腹ではないか、これじゃあ、布団もずり落ちるっちゅうねん。数えきれん足のしょぼいこと、がっくりくるじゃあーりませんか、胴に比べて何この細さ
肉体の悪魔/レーモン・ラディゲ
わいの名の悪魔くん
わい、非難覚悟してまっさ。どないせえーいうねんな。戦争始まる前の何ヶ月か、ワイが12歳やったいうんがワイのせいか? 非常時のワイの気持ちいうたら、あれ、大人のもんやで。ぱっとみいは、えーとしても、そら、12やんか、ガキのくせして、えー大人でも、なんやどないもこないもならへん恋のアクシデントに突入してもろたねんなあ。ワイばっかりやないで、ツレも、歳いったおっさんらとはちごうた思い出、あんねやわ。ワイのしたこと、気にくわんのやったら、戦争責めえな、若い命には酷いうもんやで。いうたら、4年間、なっがい休みちゅうこっちゃねん
砂の女/安部公房
砂に女ありき
八月○日、♂1匹、失踪。休暇をとり、半日ガタゴト海沿いを汽車にゆられたはいいが、そのまま音信をたたれたという。捜索願にせよ、新聞広告にせよ、風の前には塵。そうはいっても、ひとひとりいなくなることでガタガタ騒ぐほどのものでもない。数字は、そのあたり雄弁で、一年の網には、数百は“失踪届”がひっかかる。発見率は、一握りとは、恐れ入る。人殺し、なんらかの事故というなら、証拠がものを言うし、誘惑なんかになれば、関係者であれば、動機を知るにやぶさかではない。うむ、この場合、そのどっちでもないケースとあらば、ちょっとやっかいになるぞ、出口なしってやつか。純粋な逃亡、そう呼んでもイイがね、とまれ、どっちをむいても、純粋な逃亡ってわけになるんだね、これが。
モデラート・カンタービレ/マルグリット・デュラス
もでらあと・かんたあびれ
楽譜のうえになにが書いてあると申すか、聞かせてたもれ」とセンセーはいいよりましたけー
「モデラート・カンタービレじゃあい」とそのガキがいいよりましたかいの。
センセー、その答えに、カンマ打つかっこで鉛筆もって鍵盤ガンガン、やりよってからに、ガキ、楽譜からめーそらさず。
「モデラート・カンタービレとはなんぞ?」聞かれるも
「しるけっ」とまあこない案配。
そやから、3メールむこう、腰掛けておったおかあちゃん、ふぅ~、ため息つきなはる。
「ほんに、知らぬのか、モデラート・カンタービレじゃぞよ」とセンセー、リピートしはった。
ガキ、無言。センセー、鉛筆で、鍵盤ガンガン、卒倒すんちゃうやろか、思う死んだ声。ガキ、まゆピクリともせーへん。
「デパレードはん、こんガキ、意固地すぎるのではあるまいか」とセンセー、のたまう。
せやから、アンヌ・デパレードかあちゃん、ふぅ~、もう一回。
「へえ、しらいでかいな、ったくもう」
ガキ、足下見つめ、頭の中は、夕焼けこやけ、おもわず、ブルッ、身体震えるってなもん。
超男性 /アルフレッド・ジャリ
めっちゃ野郎
「恋なんざあ、どだいてーしたこたあねえ。ありゃあ、なんどでもできまさあ」満座ひしめくまなざしが、この素っ頓狂な言い草の主へとそそがれたのであります。リュランスのお城へとお招きあずかりし、名はアンドレ・姓はマルクイユ、今宵その客人にむけて、愛をめぐりてなんじゃらほいっ、かよう話題をふった次第。愛、と申しませば、おなごたるものぞろりひしめく園、ノン、ってな具合でそっぽ向くような御婦人など、いよいよ皆無の空気漂い、なにぶん時は1920年、枯れ葉舞うころ合いとはいえ、ちょいと面倒なドレフュスでの一件は、この際禁句なりなどいう暗黙裏の示し合わせみは、もってこい、ってな案配。
「いき」の構造 /九鬼周造
粋ってなもんは
「いき」ってなもん、一体全体どないつくりしてまんのやろか、ほな、わたいら、どないやりかたして、「いき」っちゅうもんのしくみ、ぱあっと、ひとのめえにさらしてやでえ、「いき」の根っこ、ぎゅっとこのてえでつかむことができまっしゃろなあ。「いき」でっけど、いっこの意味ありまんのんはわかりますやろ、へえ、「いき」が、まあいうたら「コトバ」としてもどしんと構えておますんも、まあいうたら、誰でもしってはるこっちゃ。そやさかい、「いき」っちゅうコトバは、どこの国いっても、ありますんやろなあ、っちゅう決まり事みたいなもんちがいまっか? わたいら、そないことしらべんならんなあちゅうとりますねん、へてからに、かりにやけど、「いき」っちゅうコトバが、ニッポン語にしかないもんやったらでっせ、「いき」っちゅうのはまた、一風変った国柄のもんやっちゅうことや。せよってに、一風変った国柄の味いうんか、そんじょそこらにあらへんお国自慢なんやでえちゅうて、胸張ってええもんやろか、どないこないで説明したらよろしいんやろなあ、「いき」いうてどないもんか、しゃべくる前にだんな、わてらまずこないな肝心のことに、どないこたえたらよろしかなあ。
花のノートルダム/ジャン・ジュネ
麗しのノートルダム
あのひとの匂いったらすんごくイヤラシイのよ。これだけでも、あのひとがいけないことが好きなのがお分かりいただけると思うわ。ディヴィーヌって人はね、繊細でセンスがいいのね、実にあか抜けているわ。その繊細さゆえに、あの人はいけない罠をかけられしまうんだわ、そこらじゅうのゲス野郎たちが手ぐすねひいて待ち構えてる、そんな人生の生贄なの。あの人がいけないことをしてしまうのはね、ジプシーのくろちゃんを愛し過ぎたからに違いないわ。受け身だったり、積極的だったり、とことんまでそのクロちゃんが唇を求めてくるものだから、あの人ったら、体の芯から熱いマグマみたいなデーモンのささやきを耳にしているうちにね、イヤラシイ人間たち共通の、絹だの金だのといった実にいけない感触の虜になってしまったんだわ。
ある理性に/アルチュール・ランボー
マジメかっ
自分の指、ドラムこすっていろんな音出しよるやん。
ほんでピカピカのハーモニー聴かしてくれよるやん。
自分がポンと物事やり始めたら、この世で何か始まるいうこっちゃで。
そっぽむいとてみぃ
なんしかそれが生まれたての愛っちゅうやつなんちゃう?
こっちゃ向いてみぃ
なんしかそれが愛が生まれるっちゅうことなんちゃうけ。
自分、あらかじめ決められたある予定なんか全然気にせえへん人やんな
地震雷火事台風、そんなもんでビビらへん人やんな。
あんじょう、時間っちゅうんをどないかしてくれいうて、
ガキらが自分にやいのやいのいうてきよるわいな。
手当たり次第、
喜ばしたげや、のぞみ叶えたってえや。
どいつもこいつも、自分拝み倒しとるもんな。
そらキリないほどのなっがい、どてらいとこからやって来とるよってに
自分、どうせまたぞろどっかへふらっと行ってまうんねんやろけどな。