「lopyu66」の記事

コット、はじまりの夏 2023 コルム・バレード映画・俳優

コルム・バレード『コット、はじまりの夏』をめぐって

静寂のなかにも声がある。 聞こえないのは、ただ小さすぎて、 日常の喧騒にかき消されているだけなのかもしれない。 耳をすませば音は確かに聞こえてくるのだが、 同時に、心で読みとるものでもあるということ。 コルム・バレード監督の長編デビュー作『コット、はじまりの夏』は、 語られざる声を、風が草原を渡るようにそっとすくい上げる。 そんな瞬間が心を打つ映画だ。 文字通り、静かな少女の詩情と視線を紡ぐ物語でありながらも これぞ、大人の映画作りが展開されてゆく。

パリタクシー 2022 クリスチャン・カリオン映画・俳優

クリスチャン・カリオン『パリタクシー』をめぐって

原題は『Une belle course』、つまりは「美しい、道のり」であり、 英語版は「Madeleines Paris(マドレーヌのパリ)」。 いずれにせよ、タクシーという乗り物を通して描かれるドラマ。 たかがタクシー、されどタクシー。 人生、なにがどこに物語が転がっているかわからないという映画作り。 終始、ことばに温もりと痛み、そして哀しみが漂う。 そんななか、心軽やかに身体を運ばれし幸福の数時間。 シャルルに、マドレーヌに、そして映画にメルシィボク。

瞳をとじて 2023 ヴィクトル・エリセ映画・俳優

ヴィクトル・エリセ『瞳をとじて』をめぐって

だれでも忘れられない映画というものがある。 ぼくにとって、ヴィクトル・エリセの『ミツバチのささやき』は そんな記憶に生き続ける一作品である。 スペインの映画作家ヴィクトル・エリセにとって、デビュー作であり 以後、約10年のスパンでポツポツと作品を撮りながら、 ここ約30年の歳月の沈黙を経て、完成させた『瞳をとじて』 満を持して、この寡黙な作家がようやくスクリーンに帰ってきてくれた。 今年83歳を迎えるエリセにして、長編4作目。

枯れ葉 2022 アキ・カウリスマキ映画・俳優

アキ・カウリスマキ『枯れ葉』をめぐって

カウリスマキが前作『希望のかなた』の後 そういえば、引退宣言をしていたな、というか そんなことをすっかり忘れていたことに気づいた。 長年カウリスマキとその映画を愛してきた人間からすると ずっと身近にいる存在でもあり、 何度でも繰り返し過去の作品をあれやこれやと見ているからか、 引退、という言葉がにわかに信じ難く、 どうせ、そのうち戻ってくるだろうぐらいに思っていたのだ。 そこからの見事な復帰作『枯れ葉』でのヒット。 なんだか自分ごとのように嬉しくなってくる。 しかし、これまたカウリスマキらしい憎い“演出”にも思えてくるが、 さて、どうだろう?

ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.41 ポストパンデミック後編:シネマでぶらり、映画鑑賞特集映画・俳優

ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.41 ポストパンデミック後編:シネマでぶらり、映画鑑賞特集

コロナ禍においては、色々な制限が課されていたこともあり、 映画館へ足を運ぶ機会も意欲も、ずいぶん減ってはいたが、 最近では、気分的にも大きなスクリーンで集中してみる映画体験を 積極的に回帰している自分がいる。 とはいえ、映画を見たい、手軽に見たいという欲望が無くならないが故に、 ストリーミングに頼るという生活もまた、なくなる事はない。 作品を何度も見直すことができるし、 どこでもかからないような、貴重な作品さえも手が届く。 何より、映画を愛するものにとって有難いまでの仕組みが多く提供されている。 いずれにせよ、1本の映画作品の価値は、 形態や見方を変えても変わるわけではない。 その本質を見落としてしまえば、単なる時間の消費に過ぎなくってしまう。

ジョン・グエン デヴィッド・リンチ:アートライフアート・デザイン・写真

『デヴィッド・リンチ:アートライフ』をめぐって

カルトの帝王こと、デヴィッド・リンチが亡くなって、 日に日にその喪失感を募らせている。 その作品を通して、いろいろリンチに思いをはせてはいるのだが、 あらためて、その作品の持つ奥行きの沼にはまってしまった人間なら だれもがその頭の中の一度は覗いてみたくなる、 そんな魅力的なアーティストの死に、 この一つの時代の終わりを、ここに、静かにみつめてみようと思う。

二条城 アンゼルム・キーファー『ソラリス』展アート・デザイン・写真

『アンゼルム・キーファー:ソラリス』展のあとに

その日、僕は雨の降る京都の街に降り立ち、 二条城を舞台にしたアンゼルム・キーファー展『ソラリス』へと向かった。 それは単なる美術展を超える、一つの事件のようなものだという直感があったが、 果たして、どんなものなのか、あらかじめ情報などほぼないままに足を運んだ。 場はまさに、時空を超えて響く「詩的な修復儀式」を呼び覚まし、 歴史の焦土に立ち尽くす者のための沈黙のレクイエムとして、 まるで、歴史の裂け目を埋め合わせるかのような巨大な作品が 谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出すまでもなく、 重く陰影を帯びながら、奥ゆかしいまでに場に佇んでいた。

「生誕120周年 サルバドール・ダリ ―天才の秘密―」展のあとにアート・デザイン・写真

「生誕120周年 サルバドール・ダリ ―天才の秘密―」展のあとに

まさに、“キングオブシュール”こと、奇抜な行動と言動で知られる画家ダリ。 フランスパンやウニを頭に乗っけあの、水飴で固めたとして 常に“10時10分”を指していたという、あのトレードマークの口ヒゲをたくわえ、 その自己顕示欲に満ちた数々のパフォーマンスで 20世紀美術界を風靡したスーパースターダリ。 もはや、つまらぬ説明など不要であろう。 シュルレアリスムという運動の主要な概念は、 おおよそ、このダリ一人でも十分完結するほどに 圧倒的な力を有した存在であることは疑う余地がない。