ロピュマガジン【ろぐでなし】vol.16
どこを向く、その無垢なる眼差しの彼方に 五月五日、子供の日にちなんで、これまでぼくが感銘を受けてきた、子供たちの活躍する映画特集を組んでみようと思う。子供が主役の映画といっても、それこそ千差万別なのはいうまでもないが、同...
どこを向く、その無垢なる眼差しの彼方に 五月五日、子供の日にちなんで、これまでぼくが感銘を受けてきた、子供たちの活躍する映画特集を組んでみようと思う。子供が主役の映画といっても、それこそ千差万別なのはいうまでもないが、同...
官能ぷれじゃあ エロス、エロティシズム、官能性について、語るとき、ちょっと小難しいことばでいうならば「「死にまで至る生の称揚」などと、バタイユを引っ張り出すことはできるが文学や言葉のエロスを信奉こそすれ、そんなことで...
春を肉感的に感じうるポルノから、一転季節どおりの通り雨。いろいろ思いはあるけれども、サラリサラサラ小川ながるる春気分一身、ひねもすラララランドへ。文字通りの「春らんまん特集」とまいりましょうか。 この春先と、秋口、季節の...
酒とちゃんこと稽古と伝統の陽の下に磨き抜かれた力士たちの肉体を前に詩人ジャン・コクトーは「桃色大理石の神々」と呼んだ。なるほど、うまいことをおっしゃるものだ。さすがは詩人である。 そんな機知に富んだセンスにならいて「シル...
ドキュメンタリーとは、文字通り単なる事象の記録でもなければ 躍動的写真の連続体というわけでもない。 また、あるがままに晒された現実でもない。 それは多くのフィクショナルな劇映画となんら変わることはない、 映画としての、魔法や方法論を駆使した主張なのだ。
「写真」とは、「ほら」、「ね」、「これですよ」を交互に繰り返す、一種の歌に他ならない。 『明るい部屋』みすず書店 ロラン・バルト(花輪光訳)より 写真というものについて、日々撮るのに夢中な人は増えたと思うが、果たして、何...
「好きな俳優のいる映画をみて、その好きさ加減について 想いを馳せながら他愛も無いことグダグダ書く」シリーズ、 前回の邦画編に引き続き、第二弾は洋画編を書いて見たいと思う。 普段、特に、邦画洋画を意識してみることなどないのだが、 やはり、体系化した方が、何かと整理しやすい、ということだ。
その意味で、自分探し、 自分というものが何なのか? 何をしたいのか、すべきなのか、 という原理原点の問いを 決して他者を巻き込まず、まずは自分事の最優先事項として 必然的に考えることに意味があるのだ。
もはや混沌、カオスといっていい。 その状態こそがシュールなのである。 よって、独断ですべての折衷として、 ここに、アヴァンポピュールというジャンルを旗揚げしようと思う。 それはあらゆる不満、欺瞞に対する挑戦である。 一歩踏み出して、なにかを生み出すにもパワーがいる。 そのための活力源こそがズバリ、アヴァンポピュールというわけだ。 そうしたものをこの素晴らしき世の中にみいだし、 注目すべき指標たちに希望の眼差しを投げかけてみたい。
今日、1月11日はというとマイバースデイ。 1が三つ並ぶ日なので、昔から縁起がいいと言われ 気分は悪いはずもないんですが、 またひとつ歳を重ねたわけで、 どんどん死が近づいているのだな。 でも魂には年齢はないし、それこそ永遠なのだから そんなことには、まったく不安などないのです。 自分は年齢を重ねるたびに軽やかなになっている気がして それはそれで晴れ晴れしい気分、楽観的でさえいるのです。 そんなことをわざわざいったり、考えたりするのが 山羊座生まれの性分なのか、ってことになるのかな? まあいいか。